よんだほん

本の内容をすぐ忘れちゃうので、記録しておくところです。アフィリエイトやってません。念のため。

スモール イズ ビューティフル

 EFシューマッハによる古典的な著作。原典の出版は1973年(※この日本語訳版は1986年に出版)なので、もはや半世紀近く前の評論だが、全編を通じて古さを感じない。むしろ現代人が現代社会を顧みつつ読むべき名著。著者の全編を通じた根本的な主張は、結びにあらわれている。

科学・技術の力の発達に夢中になって、現代人は資源を使い捨て、自然を壊す生産体制と人間を不具にするような社会を作り上げてしまった。富さえ増えれば、すべてがうまくいくと考えられた。カネは万能とされた。正義や調和や美や健康まで含めて、非物質的な価値はカネでは買えなくても、カネさえあればなしですませられるか、その償いはつくというわけである。富を手に入れることが、こうして現代の最高の目標となり、これに比べれば、他の目標はどれもこれも、依然として口先でこそ重んじられているものの、低い地位しか与えられていない。

 こうした主張を一見すると、訳者のあとがきにもあるように、社会主義的にもとられかねない彼の主張だが、全くそうではない(事実、浅い理解からそういう批判もあったようだ)。彼は、資本主義でもない、社会主義でもない新しい経済学を考えようとした。事実、本著の中で、企業の国営化のことを懐疑的にみているし、2つの対立軸(つまり資本主義と社会主義)はそれぞれ正しく、調和させる中道を探らなければならないと評している。この感覚は彼が単なる学者あるいは理想主義者ではなく、実務家であることを如実に表わしている。その思想の根本は、人類が人類らしく生きるにはどうすべきかを考え続けた、人類の幸せの追求にほかならない。そして幸せの追求にはカネは、必要条件ではないということを著したのである。

 本書は4部「現代世界」「資源」「第三世界」「組織と所有権」で構成される。特に前半2章は、少なくとも読むべき。現代経済学の不都合さを著した章である。西洋人である彼が、仏教経済学と題して、東洋経済学の思想をベースに語っている点が素晴らしい。印象に残った部分として(結びのくり返しにはなるが)、

  • 現代の経済学は、物事の価値をカネという面でしか判断していない。
  • 富を追い求めるのを目的とする生活態度(つまり唯物主義)は、自己抑制を欠いている。
  • 欲望が増すと、意のままに動かせない外部への依存が深まり、したがって、生存のための心配が増えてくる。
  • 人間の活動は、人間では再生不可能な資源(例えば石油・石炭等)に依存しているにも関わらず、その価値がないがしろにされている。
  • 適正規模の消費は、少ない消費で高い満足感を与える。
  • 物的資源には限りがあるのだから、自分の必要をわずかな資源で満たす人たちは、これをたくさん使う人たちよりも相争うことが少ない
  • 地域の必要に応じて、地域でとれる資源を使って生産を行うのが、もっとも合理的な経済生活。
  • 教育は、ただ科学を教えるだけではなく、どう生きるか(形而上学的な)考え方も伝えなければならない。人間は生きていくための思想は、科学からは生まれないから。
  • 人間が自然環境において支配を保とうとするならば、その行動を一定の自然法則に順応させなければならない。自然法則を出し抜こうとすれば、つねに自己を養ってくれる自然環境を破壊することになる。(神の最高の創造物である人間は「治める権利」を与えられたのであって、自然界に専制をふるい、破壊し、根絶する権利を授けられたのではない。)
  • 農業の基本原理と工業の基本原理は、両立しない。人間は工業なしでも生きられるが、農業なしでは生きられない。
  • 農業の役割は3点 ①人間と生きた自然界との結びつきを保つこと。②人間を取り巻く生存環境に人間味を与え、これを気高いものにすること。③まっとうな生活を営むのに必要な食料や原料を作り出すこと。

 などが挙げられる。

 「第三部 第三世界」については、「中間技術」という彼のコンセプトに関する紹介の章であるが、これは半世紀前の第三世界を題材にしているので、個人的印象としては、少し現代とは離れた前提条件で語られている(中間技術のコンセプトが悪いわけではない)と感じた。

 また「第四部 組織と所有権」については、少し理解しにくかった「私的所有で生まれる富が、すぐ私的に配分されてしまう」ことにどう対抗するか?ということを論じていたのかな。通常でいえば、公による再配分(要するに法人税)であるところ、彼は法人税をやめる代わりにむしろ大企業の50%の株を公が所有し、配当を受け取ってはどうかという提案をしていた。単なる国有化では中央集権的になってしまうからだと思う。こういった発想からも、前述のとおり彼が中道を探り続けていたということが見られるのかな、と感じた。

 最後に、少しだけ本論から外れるが、彼は、インドの失業問題に対して

「少しでも実行すれば、しないよりはましだ」とつぶやく愚かな人のほうが、いちばん有効な方法がなければなにごとにも手をつけようとしないお利口さんより、ずっと賢い。

 と述べているが、まさに、彼の実務家としての矜持が現れている。要するに「うだうだ考えてないで、さっさとやれることからやれ」ということなのだが、今どきたいていビジネス書で同じことが言われているわけで。まさか半世紀前の人にすら同じことで叱られてしまうとは。頭でっかちにならないように気をつけなければ。