よんだほん

本の内容をすぐ忘れちゃうので、記録しておくところです。アフィリエイトやってません。念のため。

事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学

 原題は「The influential mind」ということなので、直訳的には「影響力の科学」といったところでしょうか。

 イギリスの認知神経科学者である著者が、実際に行われた研究結果に、身近なストーリーや、著者自身の体験を交えて分かりやすく紹介している。著者によれば、事実(データ、エビデンス)を元にした他人へのアプローチは、相手の感情や意欲を無視しているため、伝わらないとしている。相手にアプローチするために重視すべき7つの視点が紹介されている。

(以下本書から抜粋しつつ要約・加筆・修正しています)
(1)事前の信念
 事実は、自身の先入観を裏付ける証拠なら即座に受け入れるが、反対の意見はそうではない。自分自身の意見を裏付けるデータばかり求める「確証バイアス」があるから。また、情報は人知れずふるいにかけられている。昨今インターネット検索は、個人の趣向により自動的にカスタマイズされているため、自分の見解を支持する情報はすぐ見つかる。ということで情報が溢れる現代社会は、特にその傾向が顕著になっている。事前の信念に対しては、相手の誤りを証明することよりも、相手と共通点に基づいて話をすることが有効。例えば、ワクチンには悪影響があるから受けたくないという人に対して、その誤りを指摘することよりも、ワクチンが多くの病気に対して効果的であることを示すことが良い。 
(2)感情
 感情は、個人的なものと思いがちだが、それは間違いで他人に伝染する性質がある。アイディアを伝えるには、相手と気持ちを共有することが有効。自分の気持を表現することによって他人の心の状態を変容させ、それによって目の前にいる人の視点を自分の視点に近づけやすくする効果がある。
(3)インセンティブ
 誰かに行動してほしい場合は、罰を与えると脅して苦痛を暗示させるよりも、報酬(インセンティブ)を約束して喜びを予期させるほうがうまくいく。私たちは自分のプラスになると信じる人間、もの、出来事に接近し、マイナスになると信じる人間、もの、出来事を回避する「接近と回避の法則」があるから。一方、行動してほしくない場合は、報酬よりも罰を警告するほうが有効。恐怖や不安は、多くの場合人を行動に駆り立てるよりも、退かせたり、凍りつかせたり、放棄させたりするものだから。
(4)主体性
 人は、自分のいる環境をコントロールする能力が奪われると、ストレスや不安を感じる傾向にある。人は選択できる状況(コントロール感)を望む。だからコントロールを委ねること、もしくはコントロールしている気持ちにさせることは、最終的には人を行動させるうえで有効。他人に影響を与えるためには、コントロールしたいという衝動を押さえ込み、相手が主体性を必要としているのを理解する必要がある。例えば税金が他の支出よりも耐え難いのは、使いみちに選択の余地がないから。寄付するかどうかは自分で決められるのに、税については自由がない。
 なお、コントロール感は、客観的事実としてそういう状態であるということよりも相手がそうコントロール感があると認識しているかのほうが重要。
(5)好奇心
 人は基本的にはポジティブな意見を求め、ネガティブな意見を回避する傾向にある。暗い見通しは、多くの人が聞いてくれない可能性が高い。発した情報が恐怖ではなく、希望を導き出すようポジティブな可能性を強調したメッセージに再構成したほうが有効。
(6)心の状態
 ストレス下では、リラックスしているときよりずっとネガティブな意見を取り入れる傾向が強い。心の状態により、思考、決断、相互関係がガラリと変わることもある。ある意見が伝わらなくても時と場所を変えれば効果的になる可能性がある。
(7)他人
 生物には他人の行動を認識して模倣する「社会的学習」という性質がある。人間の脳は社会との関わりから知識を獲得するように設計されていて、影響は人から人へと伝染する。
本能的に他人の選択を真似るのは、自分が持ち合わせていない情報を持っていると思うから。しかし他人の判断は、こちらの状況とは関係ない考えに基づいているかもしれないので、誰かの判断に追従する場合は、注意が必要。


 新型コロナウイルス感染症のことを例にとってみても、「8割の接触減」(が理論的に正しいとして)に人々が従うかどうかはまた別の話だということが上記の7項目から見て取れる。その他に、ファシリテーターとしてのふるまい方、子どもの教育、上司部下の関係性など、様々な場面で応用の効く内容であると感じた。

 なお、終章には、未来を考察するというテーマであった。例えば脳が生み出す神経パルスを他者へ伝えることで、五感を使わずに相手に影響を与えるという実験のようす等が紹介されていた。まとめとして筆者は「私を形づくるのは私の脳である」という主張をしているのを見て、ああこれはまさに西洋的唯物論だなあと感じ、少しだけモヤのかかった読後感を味わった。